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私の海外ランドセルボランティア [ボランティア]

私個人の国際ボランティアは細々と数十年やってきましたが、これとは別に某組織の
ボランティアクラブへ入ってから、今の活動が始まりました。
それは約8年前に私から提案した一度使い終わったランドセルをフィリピンの子ども
たちに使ってほしい「ランドセルプロジェクト」です。
現地へ送る活動が6年目を迎え、今春も関係者と進めてきました。
今年も約400個のランドセルを輸出用の段ボール箱に入れて、26箱を用意出来ました。
ランドセルの中には文房具や古着(状態の良い夏物)歯ブラシ、タオル、石鹸、靴、
ボールなどを詰めています。
小学校に入学しても最終学年に到達出来ない生徒はフィリピン全土の小学校で25%くらい、さらに中学校となるとその割合はさらに低下しています。
調査結果をみて呆然としました。(ユネスコの発表2015年)
ドロップアウトしてしまう子どもは地方よりマニラ市内のスラム街が多いと聞いています。

読み書きの出来ない人生は考えられません。
そのような子どもたちがこの地球上にはまだ、まだいます。
その手助けとしてランドセルや文房具や衣類を現地に送る支援をしていますが
決してこれがベストとは思っていません。
学校に行く準備が整えば学校に行きたくなり、そこで友達が出来て学ぶことが楽しくなったら、この上ないことです。ここからがスタートでしょう。

ランドセルは5月の半ば過ぎには船に乗って現地へ運ばれます。
現地ボランティアは毎年学校を選び、必要な生徒に支援配付致します。
この仕組みが時を越えて成立しています。

このブログを通して私の感想です。
私たち日本は義務教育を完全に確保されていて、誰でもが学校に行ける事それは
普通で一般的なことです。
世界にはそうではなく一日一食さえ食べる事も出来なく、学校へはとても行けない
子が、まだ、まだ、いるってことです。
この日本に生まれて、もしかしたら満足の日々ではありませんがしかし、今現在、元気で日本に生きている、このことを感謝して暮らしたいものです。
そして、これからの私も何か出来ることがあれば、こればかりでなく是非とも他の支援が出来たら幸せと考えています。


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この場を借りて多くの人に物資を頂けたこと感謝致します。
そしてこれからもよろしくお願い致します。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。















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私の国際ボランティア [ボランティア]

この数ヶ月たまらなく大忙しの毎日でした。
過去に、ブログをこんな長い期間アップデートしないことはなかったです。
5月に入りました。

私は3月末にフィリピンのマニラで、小児癌患者支援ボランティアをやってきました。
昨年の10月以来の活動でした。
どこに行っても子どもたちは元気のはずです。
しかし、今回は現地癌センターで子どもたちと会い物資を支給する活動でした。
私はこの活動に参加したのは2回目です。
小児癌の年齢は一般的に0歳から14歳までを指します。
おそらく、日本では一年間に癌と診断される症例数はそんなに多くないと思いますが
それでも最近の国立がんセンターでは2100例はあるとの報告があります。
フィリピンの実態は実は私も良く解らないのです。
生まれて数か月で癌と診断されて、先が短い子どもをみると胸が詰まります。
現地の母親に聞いてみると「リンパ性白血病」「骨髄性白血病」が多かったです。
子どもたちは自分の足で歩ける子、車いすの子、ぐったりとしていて、笑顔の子は見かけ
る事が出来ませんでした。
抗がん剤で髪の毛が抜けています。
何とか話しかけても、子どもはあまり話したくないようで母親が答えてくれます。
ほとんど登校していない日々の毎日。
何もこの子どもたちが悪いのではありませんが、この時にすでに人生の先が見えません。
ただ、手を取って握るだけしか出来ない私はとても辛かったです。
ある子は3歳で癌になり現在11歳でした。学校に入っていませんので何か助けたいと
湧き上がる衝動に走りました。

そこで、私個人は
今年の秋までに100人の小児癌へ「愛の毛糸の帽子100プレゼント」のプロジェクトを立ち上げます。
現地は暑いのですが毛糸の帽子とマスクが一般的な装いです。
この5月からスタートする予定でパンフレットを作成します。
ありがとうございました。



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なお、ブログなどにのせるために写真を使うことは許可を頂きました。









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私の髪 [ボランティア]

私は髪を、昨年12月でばっさりと切りました。
不思議なくらい飽きることもなく、約30年間同じ髪型だった私です。
約3年前フィリピンのマニラにある国立ガンセンターで多くの子ども患者さん
と、ボランティアを通して出会い、ボランティアの人たちと毛糸の帽子を
ドネーション致しました。
その時から、私の髪を小児がんの人に使ってもらいたいと考えていました。
しかし、大好きな髪形を変えることがなか、なか受け入れられない決断力の
なさでいました。
しかし2018年絶対に切ると覚悟して。
ようやく昨年12月になり決心。
いつもの美容室の方からは切る前に何度も「いいですか?」と尋ねられました。
切った髪を全部目の前にして、並べた時は魂が抜けたような錯覚を受けました。

何度もヘアードネーションのサイトを見て選んで、12月末に送りました。
基準は35センチあれば、カツラとして使って頂けるようです。
私の髪は一度も染めたことはなく比較的ストレートです。



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切ってから何人もの人たちにどうしたの?と今も声を掛けられます。
失楽園とか失恋とか(笑い!)でも、本当のことを話すとみなさん称賛して下さいました。
これで本当に良かった!!
新しい私が生まれた気がしています。
ちょっと若くなり、新年のスタートです。














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私の海外フィリピンボランティア活動です。 [ボランティア]

私の海外フィリピンボランティア活動です。

毎度おなじみの子ども支援活動ですが今年はこれが2回目でした。
10月3連休を使い、マニラ空港からバギオに入りさらにベンケットの山岳地帯の
小学校に行って来ました。
標高1500から2000でくらいです。
マニラから高速道路を使い車で8時間くらいです。
道を間違えてしまい、実はもう少しかかっています。
もう何年もお願いしている現地ドライバーとレンターカーで行きました。
車のエアコンが壊れていて、山に向かう間は、ほこりと暑さでしたがこの季節
マニラ市内を出ると比較的快適でした。
夕方になると山岳部なので、かなり寒く感じ、セターが必要でした。
こんな山の中、幾つも重なる山間の坂に家が並び、ここで暮らしている人たちの
普段の生活が見えてきます。主な仕事は農業で野菜やコヒー豆作りです。
仕事が他になく、スパーもパン屋さんもホテルもありませんでした。
人々はゆっくりと生活していますが収入はほとんどありません。
この小学校に来年入学する子どもたち約54名とその家族と村人の集まりです。
こんな小さい村にどこからともなく約300人が集まり、すごい賑わいでした。
私は現地のボランティア団体に所属していましたので其の人たちと活動。
私も友人からの支援品を日本から送ったり、持って行った衣類、歯ブラシ、文房具、ボール
そして現地で買った沢山のパンなどをランドセルと一緒に渡しました。
この子どもたちは日本で言う保育園のような所で学び只今、小学校に入る前の予行演習です。
この子どもたちの若い先生と友達になりました。
やはり仕事がないので、暮らすことが容易でないようです。
しかし文字を読み書きして計算が出来る事は生きて行く上でとても大切で小学校を卒業
出来ない子は一生、先のない困窮生活が余儀なくされます。
どの子もランドセルを背負い何とも可愛い風景を見た私は胸が踊るような幸せな時間
を過ごし豊かな気持ちになりました。
いつも支援していたマニラ市内のスラム街の子どもたちと比較しますが村の子ども
たちはとてもシャイで可愛いです。
私がやっている事はとても小さいことですが毎回思うのですが人が生きて行く上で
ボランティア活動は生涯の間に一度は経験した方が良いと思うことが多々あります。
決して良い事ばかりではなく、実は辛いことの方が多い時もあり、毎回それも含めて
自分を見つめ日本に生まれたことへの感謝と普段にない境遇の生き方について考えが
深まります。
支援頂いた、みな様ありがとうございました。
そして最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。



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海外支援ボランティア活動 [ボランティア]

私個人がやっている海外支援ボランティア活動です。
毎年現地に出向いて活動をしていますがその準備として古着や文房具や歯ブラシタオル
などを集めています。
この夏にも沢山の衣類を友人や知人から頂きました。
今年は特別に暑かったのでせっせと洗濯をしています。
現地に届いた時に直ぐに手を通すことが出来る予定です。
日本各地でも大きな災害が度々あり、胸が痛みますが出来る人が出来る時に
やればいいと解っていますがやはり人に物を支援することは「受け取ってありがたい!や
助かった!」と思われる言葉を聞いて、より実感を受けます。
送る前に一度はクリーニングする行為はこれからもしたいと思います。
この事に慣れていない以前は、正直本心は疲弊し厳しかったです。
今は慣れて来ました。
きちんとクリーニングしてくれる人も実は以前より多くなりました。
この夏、約150枚を洗い干してたたみ、袋に詰めてしょうのうを入れて送る前の
準備は完璧です。
とても、小さいことの積み重ねですが私自身はこれが嬉しかったのを認めます。
ありがとうございました。


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私個人がやっているボランティア [ボランティア]

私個人がやっている「フィリピン子ども(大人)ボランティア」へ送る物資
が沢山集まりました。
いつもご協力して下さる方々に心から感謝です。
また、毎年でなくても忘れかけた時に突然支援頂けると感動です。
私のやっている事はとても、とても小さいことですが継続出来ている今の
この現状に感謝です。

そんな中で一つ困ったことがありました。
私の友人からの支援物資は綺麗に洗濯済みで、たたまれてくるのですが
残念ながら知り合いのそのまた知り合いの方から物資としてもらうのは毎回
そうですが古い匂いが強くこのまま、現地へは送れません。
数年来、使用したものは過去に洗濯済みであったとしても衣類にしっかりと
時間の経過で残留の臭いが残っていて、とても物資として送ることは難しいです。

とてもシンプルな考え方です。
日本から現地へ送ってすぐに手を通して使用出来る、これは基本中の基本。
生活水も少なく洗濯が大変な人の所に届いた場合も考えて頂ければ嬉しいです。
国によってはその水を求めるのも容易ではない所が多々あります。

週末に84枚ほど洗濯をしましたがこれでようやく現地へ送れます。

また今回メディアを通して知ったことですが西日本豪雨被害の時もここで
書いたことが発生しています。
やはり古着には臭いが残っていることを忘れないで支援して頂きたいです。
しっかりと洗濯して、太陽ギラギラの夏空に干して乾かして送ることでしょうか。
先ずは、送ればいいのではなく、受け取って喜んで頂け、助かることです。


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もしも、みな様の中で送る機会に遭遇しましたら、どうぞ洗濯は送るその時に
必ずされて下さい。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。








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私の海外ランドセルボランティア [ボランティア]

私個人の国際ボランティアは永い事、一人で継続しています。
しかし、これとは別に、某組織のボランティアクラブへ入ってから、
今の活動が始まりました。
それは約6年前に私から提案した一度使い終わったランドセルをフィリピンの子ども
たちに使ってほしい「ランドセルプロジェクト」です。
現地へ送る活動が5年目を迎え、今年も関係者と進めてきました。
私は一人でやるボランティアが好きなタイプですが、このランドセル関係の支援はやはり、
数を求める場合一個人が、そんなに簡単にが集められるものではなく、むしろ大きな団体と
コラボレートすることにより力が数十倍以上になり、現在に至っています。
今年は約400個を超えるランドセルを各学校から支援して頂きました。
このドキュメントをTVに紹介する所まで、こぎつけたのに許可を取ることを忘れていまして
来年になりそうです。(すみません!)

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さて、現地では今やこのランドセルがブームになり学校に行くときにカバンのない子どもは、とても喜び通学しています。
最後まで学校へ行けなく、ドロップアウトしてしまう子どもは地方よりマニラスラム街が多いと聞いています。
人として、読み書きの出来ない人生は考えられません。
そのような子どもたちがこの地球上にはまだ、まだいます。
その手助けとしてランドセルや文房具や衣類を現地に送る支援をしていますが
決してこれがベストとは思っていません。
今回、このブログを通して私の感想です。
私たち日本は義務教育を完全に確保されていて、誰でもが学校に行ける事それは
普通です。世界にはそうではなく一日一食が食べる事も出来なく、学校へは
とても行けない子がマスメディアにあがることもなく、まだ、まだ、沢山ある
ってことをこの場をかりて伝えたいです。
だから、「何かをして下さい。」ではありません。

この日本に生まれて、毎日が満足の日々ではありませんが私たちは今現在この日本に
生きている、このことを実感して感謝して暮らしたいものです。
そして、これからの私も何か出来ることがあれば、こればかりでなく是非とも他の支援も
出来たらどんなにか幸せと...................。考えています。
この場を借りて、多くの人に物資を頂けたことを心から感謝致します。
そして、これからもよろしくお願い致します。
このボランティアが出来るのもみな様のお蔭です。

最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。







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海外ボランティア [ボランティア]

4月になり、今年の「フィリピン子ども支援ランドセルプロジェクト」の活動が
始まり毎日慌ただしく時間が過ぎて行きます。
3月はフィリピンに行き子ども支援ボランティアで現地に滞在。
すざましい速さで毎日が過ぎ、いくら時間があっても足りない毎日です。

最近現地でのボランティア活動がとてっもなく疲弊してしまい、
今後この活動が継続出来るのか不安になり、多くの友人からはもう少しセーブ
してみてはと言われています。
そんなに多くをやってはいませんが私個人でやっているボランティアは好きです。
しかし個人とは別に組織と言う名のボランティアに所属すると考えられないほど、
大きな支援が出来る反面、過大なストレスや疲れが押し寄せて来て何度も、何度も、
もうだめ!と思いながら未だにやっている自分が時に愛おしくなります。
本来、ボランティアは時間があり金銭的に余裕がある人がやるものよ
とも言われますが私はそうは思えません。
両方を兼ね備えている人は、そんなにいられないと思います。
勿論私も兼ね備えていません。
「それでもやるならあなたの運命よ。」とも言われました。
少しばかりは納得気味です。

ルソン島では某団体2つに日本から送った個人での支援物資で文房具や衣類や生活雑貨
など約100キロと支援金を渡しました。
また、スラムに住む家族に支援物資と少しだけの学費金を渡しました。
彼女は小学生の子どもさんが一人いて決まった仕事はなく、夫もいませんが誠実です。
スラムで毎回の食事は困難です。
仕事は家庭で依頼された洗濯や掃除ですが毎回あるわけではありません。
1日1ドルか2ドルくらいの生活費です。
そんな中で、どうして簡単に妊娠をしてしまうのかは今回は質問できませんでした。
今まで、このような女性に数え切れないほど私は会っています。

やはり現地に行って良かったです。
行って見て今さらながら再度私が学んでいます。

そして、やはり日本は素晴らしい。
毎日3食の温かいご飯が食べられること。
毎日蛇口をひねれば水が出て、温かいシャワーを自由に使えること。
それぞれの家では布団や寝具があり手足を延ばして寝れること。
道路が綺麗で平らであること。
夜道を一人で歩けること。
どの子も最低9年間は義務教育として学ぶことが出来ること。
仕事はハードで希望がもてないとしても自分次第で選ぶ仕事をもてること。
戦争がないこと。
書き出せばきりがありません。
人として生まれて来て、幸せになることは与えられた権利ではなく神からの贈り物です。
こんなにも普通なことですがそれが叶わない環境に生まれ育ち生きているそんな人々に出会い学んだこと沢山あります。
私自身、些細なことで、くよくよしたりしないで寛大になりたいと思います。。
健康でいられ 身体が元気で機能する、これだけでも充分でさらに大切な人との
心の通う時間を持っているならば、もうそれ以上は必要がないとそんな事を考え
る毎日です。

皆さまにとって何か思い当たることがあれば幸いです。
何か良い方向に感じて下さいましたら、きっとあなたは幸せだと思います。
ありがとうございました。



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ボランティア支援物資 [ボランティア]

2月に入ってから私がやっているフィリピン子ども支援プロジェクトに
沢山の衣類などの支援物資が届いています。
まだ、まだ、着られる衣類や小物類です。
その人にとっては思い出のあるものでしょうが、次の人にまだ使ってもらいたいと
全て綺麗に洗濯されて数人の人たちから届きました。
いつも感じるのですが手と手で受け取るものは、それぞれの方が遠慮がちに
これでもいいですか?と渡して下さいます。
それは日本人的で排他的ではなく、とても嬉しいものです。
私から見て感じる事はみんな一生懸命に生きていて、こちらからのリクエストに
心から答えて下さり、私自身がボランティアをやっている大きな意味を心で
味わいます。
ボランティアの内容にもよりますがやっても、やらなくても、人生は
そう大きく変わりません。
しかし何か違うのです。
他者に支援することで何か役立ちを得られる幸せは、人としてこの上ない事でしょう。
と考えます。

そして、年を重ねてきてもボランティアをあまりやっていなかった人、
そして、大きな病になり、時が過ぎ元気になり今を生きている人
そして、まだ、10代で母親に私からのメッセージを聞いて、
毎回ため込んでいたものをまとめて下さる女の子と色々です。



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永いこと、やっていると以前は洗濯してないものが多々あり、ごみに近いものが混ざ
っていて困惑することもあり、もう何回もこれ受け入れられない!と、ひとり言。
嘆くこともありましたが最近はようやく、それが少なくなって嬉しい限りです。
ありがとう。
本当にありがとう。
「出来る人が出来る時に出来る事をやる。」それが一番続くことです!
支援されるより支援出来ることに感謝の日々です。










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ちょっと考える事。 [ボランティア]

一年の始まりに雪国に行ってきました。
寒い、寒い群馬県の草津でした。
帰宅してから、食べる事、食事を作る事、以前よりもっと大切に考えています。

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今まで私個人のボランティアで出会った子どもたちは、ほとんどがスラムで生まれて、
スラムで育っているので小学校も最後まで行けない貧しさです。
(食べるものがない!お腹が空いて学ぶことが難しい、家族が多くその手助けで忙しいなど)
親も定まった日々の仕事がなく、よって収入もその日限りの一発もの。
生まれた時からから貧しく、親から子へ貧乏の連鎖が何年も続き、人として誠実には
生きていけない状況です。
一家族で1日1ドルくらいでの生活費。
例えば私が飴玉1個でも、手渡すとなるとそれはとても喜びます。
長い列を作り並んで手に受けると、ともに直ぐに口に放り込みます。
沢山渡した時は家族へと、食べずに持ち帰ります。(家族愛が強いです)

今朝、ごみを出す日でした。
私は強く自分を責め胸の痛みを感じました。
昨年の11月から自宅で食品ロスを出した場合は自分への罰金で1000円をボランティア資金用
ボックスに入れて、あとでそれをまとめて現地で使う事を決めました。
この方法を考えたのは何時になっても私が食品ロスを出してしまうからです。
言い訳ですが、またもや出かけていましたので冷蔵庫に保存しておいた食品がゴミに
なりまた。
少し我慢して食べようとトライしたのですが出来ませんでした。
現地では全ての子ども達がそうゆう訳ではないのですがスラムに住んでいる子のほとんどは
日常食べ物がなく、それを知っている私は、またもや捨てる事への愚かな悪意を痛感しました。

私はたま、たま日本に生まれて、時にはお金が無いとしても、今日食べる物がなく、
どうしたら空腹を満たされるかなど考えたことがないラッキーな人生でした。
空腹時にどれだけ我慢出来るかもやってみたのですが手を伸ばせば目の前になんでも
ある社会です。到底続きません。
ただ、捨てるこれは辞めたい! しかし冷蔵庫の中に野菜をストックしていて、
使い忘れてしまうロス。
作ったものがあまり、容器に入れてストック後にロス。
これが現状です。
これでしばらくは食品ロスが無いようにと朝から大反省のスタートで書いてしまいました。
笑わないでくださいね。本当にこうしてみると余分な無駄が出る生活はいけないと思います。
さて、こんな私の独り言を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
もっと前向きに進みたいと思います。
週末はとても寒いようですがどうぞ温かくして、ゆったりとした時間を
お過ごし下さいませ。
今後ともよろしくお願いいたします。






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私の国際ボランティア [ボランティア]

永い事、継続している私個人のボランティアです。
始めてからもう、27年くらいですが毎年現地に出向いて支援物資を配布していました。
本年も物資は送っていますが現地へは行けない年となりました。

しかし、ある大きな組織のボランテァへは5年ほど前に私から提案したことが実り
毎年小学校で使い終わったランドセルを現地へ送る活動を今年も手伝っています。
一人でやることが好きなタイプですが、このランドセル関係の支援はやはり、
数を求める場合はそんなに簡単に集まるものではなく、むしろ大きな団体とコラボレート
することにより力が数十倍以上になり、子どもたちから協力頂けています。
今年は約350個のランドセルでした。
今やこのランドセルが現地でブームになり学校に行くときにカバンのない子どもは、
とても喜びます。今まで何度もその光景をみてきました。
今回は現地から、送られてきたデータの許可を得てブログに出すことにしました。
現場で子どもたちが喜ぶ姿は私たち日本人であれば、その光景をみて涙します。


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現地にて。
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人は幸せになるために生まれて来たのに学校へも行けない子がまだ、まだいます。
その手助けとしてランドセルや文房具や衣類を支援しています。
このブログを通して私たち日本は義務教育を完全に確保されていて、誰でもが学校に行ける事
それは普通ですが、世界にはそうではなく一日一食を食べる事も困難で学校へはとても行け
ない子どもがまだいるってことをこの場を使い改めて伝えたいです。
だから、何かをして下さい。ではなく…….。

この日本に生まれて私たちは今現在生きている、このことを日々感謝して暮らしたいものです。
ありがとうございました。






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私のボランティアについて。 [ボランティア]

私は、個人でボランティア活動を約25年以上、続けています。
これ以外では「ランドセルを海外に送るブロジェク」が5年目に入りました。

日本の小学生が6年間使ったランドセルをアジアに送ることを提案して、
ある大きな団体とコラボレートしてやっています。
昨年まで続けていたボランティアブログを見て、知人やそのまた知人の方からも
沢山ヘルプして頂きました。
しかし、色々と感じることがあり、お休みをして現在に至ります。
数か月たって、やはり記録は残したい。
あの時あの頃に何を考え、何をしていたか!
ただ、それだけで名前を変えて再度スタートしました。

大切なお金を寄付して下さったり
家にある生活雑貨を使わないからと声かけて下さったり
もう差し上げるのがないから知人を紹介するわと言って支援を頂き、
私は本当に多くの人から助けられて、それをアジアの子どもたちへ支援しています。
その反対に切ないほど、いやなこともありました。
何でも覚悟の上で、やるべきとはボランティアを通して知り得た言葉です。
いろんなことが思い浮かび、そして宙に消えて行きます。

今年の春には子どもたちから371個のランドセルを寄付して頂きました。
これは某ボランティアの人たちの力です。
その中に入れる文房具、衣類、雑貨など、などを担当した私は一年を
通してやっていますのですっかりと疲れてしまいまして、少し精神的に危ない
感じを自ら体験。
そんなこともあり、ブログをお休みして良かったような気がしています。
そして今はリセットして白紙に戻し、また進めることで繋がっています。

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ブログを見て、励ましのお言葉や優しい気持ちに触れると力が湧いてきます。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
ありがとう。
ありがとう。









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